瞬間風速爆速建築
以前は藤井厚二やアルヴァ・アアルトを好きな建築家に挙げていたのだが、構造家の勉強をしてからすっかり工業的なものに憑りつかれ始めている。
いや、もっと言えば別府温泉を旅した今年の冬ごろからその向きがあったのを、後押しされたのかもしれない。
いずれにせよ、最近はアアルトのようなゆったり、ふぁっさりしたものより、かっっこよすぎてはああっ!!となる、一目で心臓を持っていかれるような、ぼーっと地下鉄のホームぎりぎりを歩いてたら背後から通り抜けていった電車が思ってたより近すぎて爆風を浴びて息ができなくなるような、建築を少し挙げていくのでお付き合いください。まじでかっこいいよ。
(ハードル上げすぎかも)
ドイツ国会議事堂のドーム、ノーマン・フォスター

http://arch-hiroshima.main.jp/main/a-map/germany/reichstag.html
何がって、この日よけ。太陽を追いかけて回るらしい。もーう見た過ぎて涙がでそう。

議事堂の上についてるドームで、このミラーガラスが下の議事堂まで光を届ける。
はあーかっこいい。
ノーマン・フォスターと言えばロンドンの30セント・メリー・アクスとか、香港上海銀行(メガ・ストラクチャー)とかもかっこいいけど、やっぱり動くってインパクトがあっていい。
…え?男子小学生?…以前よりだいぶ素直に建築を見てるな自分。余談だけど、トランスフォーマー(映画1作目)を最近見てめちゃくちゃかっこよくて男の人ってこんなの見てるの!?そりゃフィギュアも集めたくなりますワ!!!!となった。普通にずるい。プリキュアも好きだったけどきらりん!しゅわしゅわ!みたいな変身シーンは初めて見たときからなんとなく気恥ずかしくて早く終われと思ってたし、ガシャンガシャン言って目にもとまらぬ速さで変身するのかっこよすぎる。幼少期に見てたら絶対こっちにハマってた。みんなそうだと思う。しらんけど。
今日知ったんだけど、30セントの方は外壁も構造体だけど、新宿のコクーンタワーの特徴的な骨組みは構造体じゃないらしい。まあコクーンタワーも新宿高層ビルのシンボルとしてかなりかっこよくはある。
はい次!

https://7goroc.net/bangladesh-parliament-projection-mapping-2016/
流れで、また国会議事堂。ここ、内部の見学できるけど写真は不可らしくて、でも何かで見たことがあるのだけども~~~めちゃくちゃかっこいい。
光と影ってこういうことを言うんだ、って初めて思った。日差しが強いので、二重被膜。
光と影で思いつくのはル・トロネ修道院(ロマネスク)。ここも行ってみたいな~ でも最近は教会とか宗教建築より世俗建築に興味がある。
ルイス・カーンと言えば、フィッシャー邸、エシェリック邸(サーブド・スペース/サーバント・スペース)、キンベル美術館、ソーク研究所、ペンシルベニア大学リチャーズ医学研究所(設備コアの分離)などなど。ソーク研究所は夢すぎて行きたいとすら思わなかったんだけど、無性に行きたくなってきた。ソーク研究所を見るまでは死ねない。

ルイス・カーンは建築論についてもいろいろ著作があるようだ。読まなくても分かるくらい明確な論理が見て取れるけれど、是非読みたい。
まだまだいろいろあるのだが、こいつが私の頭から離れない。というものを一つ語って終わろう。
西インドに点在する、階段井戸。

エッ……
かっっっ…
っっこ…いい…………


https://media.eurasia.co.jp/asia-india/vav
わはは。勘弁してくれ。
西インドは乾燥するから井戸も巡礼の対象らしいけど、いやそうでしょうね。と言いたくなる。
かっこいいよーーインド、天才だよインド。行きたい!
超合理主義者なので、好きなものだけで料理する
合理主義・・・慣習・伝統・常識に囚われず、目的達成のために最短・最効率な手段を選択していこうとする態度。効率主義。(Wikipediaより引用) つまり、ズボラの最終形態。
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自炊を始めて1年が経った。自炊と言っても、大層なものはつくっていない。昼は袋麺ばかり食べているし、調理道具は100均の包丁に100均のまな板、片手鍋に大小フライパンという、極貧スターターキットのみ。
参考までに、以前までの私の料理スキルを軽く紹介しておきたい。
○コンロをひねることができる。押しボタン式の場合、このスキルは発揮しどころがない。
○米を研ぐことができる。(本能に基づく)
○レンジでキャラメルを作ろうとして、タッパを溶かしたことがある。
以上です。
さて、ここから少しは成長したと思うので、この1年の集大成を作りたい。超合理主義者(自称)としての見地から、本当に役に立ったものだけを使えば最高の料理となることが予想できる。そこで、まずは何が本当に役に立ったのかを確認する。
4/7

浜に打ち上げられたエビのような冷凍餃子と、しなっしなのほうれん草がこちらの不安をバサバサと煽る一皿から、私の自炊(仮)は始まった。
栄養価が高そうという理由でとりあえず買ったほうれん草だが、茹でたら死ぬほどかさが減って凹んだので、これ以来買っていない。
唐突だが、日常的にパックごはんを食べている人には是非知っておいてほしいことがある。
それは、1週間に一度だけでも米を炊くことができれば、「冷凍」という天才により賜りし方法によって毎日一食は白米を食べることができるということである。
私は16世紀からやって来たので、これを悟った時、「革命だ…!」と小さく叫んだ。
…え?米を研ぐのがめんどくさい?
無洗米があります。
ちなみに私は無洗米を買っているが、米を研ぐという行為によって私の中に眠る日本人の心がさわさわ、さらさらと騒ぎ出すのが楽しいのでわざわざ研ぐことが多い。
え、何?ラップで包むのもめんどくさい?
それは私もめんどくさい。ご飯を冷凍するためのタッパが売っているので、それに詰めればかなり楽だ。タッパはコンビニや100均で買うことができる。タッパは耐熱性にこだわろう。溶けるから。
…何ッ!?1週間に1日も休日がなく、ご飯を炊く時間がない…!?
僭越ながら、仕事を辞めてはどうだろうか。

※個人の意見です
4/27

これはジャーマンポテトだ。少なくとも私の中ではそういうことになっている。じゃがいもの切り方がやけにバラバラだが、恐らく侵入者と剣を交えながら切ったのだろう。
春は新玉ねぎと新じゃがばかりが並んでいるので、新年度が4月から始まるこのシステムが続く限り、「スーパーにはいつ何時でも新玉と新じゃがが並んでいる。新玉は生でも食べれるし新じゃがは皮を剥かなくていいのに、なぜ普通の玉じゃがが淘汰されないのだろう。」などと考える私のような阿呆が、これから先も幾度あらわれるか知れたものではない。
そしてそのような阿呆は、「新」の季節が終わったとき、生の玉ねぎの辛さに泣き、じゃがいもの皮むきに咽び泣くこととなるのだ。
ただし私は新であろうとなかろうとじゃがいもの皮を剥かない。(もちろん芽は入念に取る。)
皮つきだとアウトドアっぽくてテンションが上がるし、ごみも少なくて済むし、何より面倒が減る。これを人は一石三鳥と呼ぶ。
5/9
レタスは熱を加えた時にその本領を発揮するということが発覚し、私は三日三晩気絶した。目が覚めたら…、体が縮んでしまっていた。幼馴染の父親は探偵事務所をやっていないようなので、世界線が錯綜してしまったようだ。
5/20
ポトフを作ったが、おたまがなくて詰んだ。
6/7
これは、じゃがいもと鮭と小松菜をみそバターで炒めた、欲望と若干の理性の具現化である。
一人暮らしをするのなら、みそを買わなくてはならない。みそのパックって1人だと腐らせちゃうらしいよ、と姉が言っていたので買うのを渋っていたのだが、ついに買ったら結構使う。ヒトの6割は水分と言うが、日本人の場合はその半分をみそスープで補っているという話も聞く。当然ながら、残りの半分は生茶だ。
6/25
ベーコンアスパラを食べたくて材料を買ってきたが、巻くのが面倒になって卵で誤魔化した。「ズボラを誤魔化したいときのために、卵は決して切らしてはならない」と、かのハンムラビ法典にも縦読みで刻まれているそうだ。

7/22
急になんなんだ、と思いましたか。

夏はトマトとナスを食べておけばなんとかなる、ということが言いたかったです。
あとビフォーアフターってなんかかっこいいし。
8/5
ナスは縦に切ると一層おいしい気がするので隙あらばこのようにしている。
8/30
ベーコンは使い勝手が良すぎる。ここまでを振り返ってみれば、登場回数が一人勝ちしている。次点でじゃがいもだが、ベーコンは冷凍できる点で優っている。冷凍は革命。冷凍庫がない人は、玄関のドアを売って冷凍庫を買ってください。
9/5
9月。素麺だけではめんつゆを使いきれなさそうなことに不安を覚え、めんつゆで肉じゃがを作った。
なお、その努力むなしく、現在もめんつゆは冷蔵庫の一番上の段に転がっている。
10/31
これはフレンチトーストである。
実は自炊開始後1週間ほどの時分にもフレンチトーストを作ろうと試みたのだが、バターと牛乳と砂糖がなかったので、サラダ油と豆乳とみりんで代用したら全くもって違う料理になった。当然だ。前田のクラッカーがサンバをしている。
その後材料を揃えてリベンジマッチを挑んだのが上の写真だが、あろうことか牛乳を入れるのを忘れた。しかし当時の私はあまり焦ることなく、いつ浸しても一緒だろと、焼き上がってから牛乳に浸して食べた。全く一緒ではなかった。当然だ。クラッカーも呆れて動きを止めた。
これらのフレンチトースト春の陣・秋の陣により、
"「たぶん一緒だろ」と思ったときあるある: 一緒ではない"
というかけがえのない教訓を得たので、手帳にしたためたところ、そのページの価値が下がった。
11/27
冬はシチューやクリームスープばかり作った。なぜなら、寒かったから。
友人に写真を送ったら、「シチューをお箸で作るな」と言われて「たしかに」と思ったが、いまだに調理用のおたまは持っていない。お箸はいい。洗いやすいし、保管に場所を取らない。
12/14
キーマカレーならレンジで作れそうと思ったので作ってみたら、意味不明なくらいさっさと作れたので驚いてお腹を壊した。カレールーとかケチャップとかを入れたらできたっぽい。曖昧で申し訳ないが、あまりにも瞬間的な出来事だったのでよく覚えていない。
1/26

チキンの揚げ焼き。
ー揚げ物が食べたいけど中華鍋なんて無いし揚げるのが面倒なあなたに捧ぐーがキャッチコピーの、「揚げ焼き」というギリ合法のチート行為を敢行した。フライパン最高。
……こいつずっとフライパンで写真撮ってんな、と気づいてしまった方もいらっしゃると思うが、お察しの通り、皿に美しく盛り付ける能力が皆無だからだ。1枚目の写真を思い出していただければよく分かるだろう。


フライパン、最高。
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さて、本題である。
ここまでで褒めた材料を全て使って、自炊一年目の集大成となる料理を作りたいと思う。もちろんレシピはない。あるのはこの、灰色(であることが期待される)脳細胞だけなのだよ。
ルール
・褒めたものだけを使う
・褒めたものは全部使う
いたってシンプル。シンプルの神と勝利の女神は仲がいいのか?いざゆかん……

精鋭部隊。

スチャッ
とりあえずバターを敷く。

幸先:悪め

敷き詰めるには若干足りなかったフライパンの面積。



味噌を塗ろうと思ったら全然上手くいかず、上からみりんをかけて溶かそうとしたがやはり上手くいかなかった。

次の工程は、こうだ。

このとき私は、バターとナスって合うの?合っちゃうの!?などと考えていた。

しかし、おたまも持たぬガチアマさんがフライ返しを持っているわけなどない。
仕方ない、お箸で裏返し…て……

あっ!!
まって!焦げてる!ちょ、タンマ!まって、一瞬!!一瞬まって!!

〜秘技・白鳥の湖〜
臭い物には蓋、黒いものには白。そういうこと。
フライパンがパンパン(リズムが良い)だし、1品目はここで終わりでいいや。

レタスはなるべくワイルドに見えるように細心の注意を払った。トマトもおにぎり型が気に入ったからそのまま入れちゃえ。ワイルドの神は細部に宿る。
~5分後~

おっ。ええやん。
~8分後~
……ん??
なんかちまっとしちゃった。トマトとレタスの力関係が明らかに逆転している。
まいっか、完成!

完成です。
(茶碗はわざわざ実家から持ってきたのに1週間で割ってしまい、次も陶器を買うのが癪だったので木製のものを買った。)
……あれ?
ちょっと待って、
主菜どれ?
これ、タンパク質足りなくない?
やばい、このままじゃ私の中のタンパク質警察に逮捕される!!

それっ

OK。レンジで卵スープを作って一件は落着した。
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ごちそうさまでした。
今食べ終わって文を書いているが、
トマトの丸焼きはメチャクチャ美味いということと、料理に触れ始めて1年しか経っていない人間が料理を創作することは、世界一非合理的な蛮行である
ということが分かった。
……つまり、そういうこと。
さようなら。
"隣の席"についての所信
最近、己の寂しさに気づいてしまった。今まであまり寂しさを感じなかったのは、それに気づいていなかっただけなのかもしれない。
中高の間は学校に自分の机があり、机の横のフックに荷物をかけたり、イスに座布団をつけたりして、本人がそこにいなくてもその人を感じる何かとなる。
これはあまり意識されないことかと思われるが、そこは学校で己が一番長い時間を過ごすスペースだ。学校で一番長く時を過ごしたのは?と言われたら部室などを思い浮かべてしまうが、実際は教室内が一番長かったはずだ。(恐らく)
そう、家にも学校にも、物理的に「己のスペース」があったのだ。これは多くの人に当てはまるはずだ。
そして、長い学校史において、"隣の席"から始まった友情や恋は数えきれないのではないだろうか。という持論をもつほどに、私は"隣の席"というものを神聖視している。しかしこれも、やはり青春時代にのみ許された甘美な制度か…アーメン……とここまで考えて、私は思った。
『たいていの会社や事務所でも、己のデスクがあるのでは!?!?』

だだん!

だん!!
ほれ!!!
……そう。"隣の席"システムは、社会人になれば復活する可能性がかなり高いのだ!!!
キャリア設計の条件に、「隣の席があるもの」という項目を加えることにしよう。
……大学生とは寂しいものよ。神よ、我に"隣の席"を与え給え。
ラムレーズン、優勝
レーズンのパウンドケーキを買ったら、嬉しい予想外でラムレーズンだった。袋を開けた瞬間に幸せを感じたのでラムレーズンが優勝した。
もしかして私の大好物がマルセイバターサンドなのはラムレーズンによるところが大きいのでは?と思ったが、ふつうにバターの部分がうまいし、ビスケットのサク/しっとりも絶妙だし、あれは全てがうまいから好物であるのだという気づきを得た。
帰省
今回の帰省は9〜12という比較的短い滞在期間だった。
9/9 洗濯物を干し、あらかた乾くのを待っているとやはり家を出るのが3時ごろになる。8月に帰省したばかりなので、大阪に降り立っても感動しなかった。逆に言うと、前回はかなり感動し、実家が見えると涙すら出そうになったのである。
9/10 中高の親友が私の家の最寄りまで来てくれた。彼女とはよくこの辺りで遊ぶので、遊び方が中学生あるいは小学生のそれとなる。ミスドに行って、公園へ行く。この日は幼稚園児が走り回っていたが、我々は木陰に座り込んでただ話す。それ以外には何もしない。意味のある話と、意味のない話をして、ただ平和を享受する時間。風が流れる。陽の位置に合わせて我等も移動する。彼女には半年前に恋人ができた。男の話ばかりする友人は面倒だが、彼女は流石に弁えている。でも、彼女の話ならなんでも聞きたいとは思う。
9/11 この日もまた高校の同期と会った。彼女とは卒業以来だが、最近になって地元が近いことが判明したのだ。彼女はとにかく観劇が好きで、世界観がハッキリしている。彼女の世界は彼女の好きで溢れている。己の機嫌の取り方を、かなりよく知っているという印象を受ける。
彼女には午後から予定があったので、すぐに別れた。ショッピングモールで木工市をやっていたので、木のおたま、レンゲ、スプーンを買った。木は良い。久しぶりに午前中に活動している。いい休日だ。
夜寝れないのは昼に起き出すからだと思っていたが、朝に起きても寝付きは悪かったので閉口する。
9/12 今日など、姉とジムに行ったが、やはり寝付けぬ。やり方が足りないのだと母に言われた。あきらかにその通りである。「なんでもとことんやらなっ!」と母は、父の声色で言った。
新成人、酒を飲む
今日のお昼は、昨日母が焼いてくれた桃のパイの、最後のひと切れを食べた。会社、学校に行った姉や妹には申し訳ないが、私の誕生日祝いのパイなので文句は言われないだろう。生クリームからバターの香りがする。生クリームとバターが、本来ひとつであったことを実感する。
昨日は初めて、家で公然とお酒を飲んだ。5人分あるのになぜか私しか使っていない六角形のコップに、日本酒をついでもらった。嗅いでみると、酒の臭さをもろに食らうことになったが、さて、ぐびといく。途端、不味い!不味いし、苦い。飲む前は「これだけ?」と確認したが、ひと口で辟易してしまった。父が姉に「お前もいるか?」と聞いたので、「私のをあげるよ」と差し出してどさくさに紛れて残りを飲んでもらった。たったのひと口だったが、食道が熱い。それを伝えると、「あんたも飲めないねえ」と母がのんびり言った。妹は相変わらず「私は飲めると思うよ」と己の話をしていた。彼女はそういう人なのだ。
鶏がらの話改め、じゃがいもの話
「次回鶏がらスープの話をする」と言ってから1ヶ月半が経ってしまいました。
この週末はあまりにも暇を持て余し、全く興味のない映画「かぐや様は告らせたい」をまじまじと観てしまうほどだったため、「何か生産しなければ」とブログの存在を思い出した次第です。
さて、鶏がらスープの話ですね。空白の1ヶ月半の間に、なぜ自分があんなに鶏がらスープの話をしたがっていたのか分からなくなってしまいました。昨日もやしのナムルに使いましたが、これといって特筆したいこともありません。強いて言うならばそうですね、振りかけたときは顆粒なのに次の瞬間には固形が消えているのがすごい。
こういうのを、小学生並みの感想、略して小並感と言うらしいです。
小並感の例文を作り上げたところで表題のテーマは終了し、最近の己の生活について、いくつかの所感をば。
・午後から夜までのバイトに合わせて生活リズムを作っているため、11時頃起床し一食目、14時頃二食目、20〜23時頃三食目、2時以降就寝。「2時以降」というのは青天井で、2時に寝るとは言っていないのが怖いところです。ここ半年ほどで夜遅くまで起きれてしまう体になりつつあるので、なんとかした方がいい(注1)とは思いますね。
(注1)なんとかした方がいい・・・今の状況は改善されるべきだと感じてはいるが、具体的な策は何も考えていないのはもちろん、半ば他人事のように考えている時に発せられる言葉。
・冷凍野菜すごい。冷凍のカットほうれん草が安かったので買ってみたのですが、これは便利です。以前買った冷凍あげなすもあれはあれで便利でしたが、ナスは生を買った方がおいしいし切り方も応用がききます。その点、ほうれん草はほとんど全ての場合において同じように切りますから、もともとカットされていることにはメリットしかないわけです。
カットほうれん草とベーコンを冷凍庫に常備しておけば、野菜がない!となった時に「ほうれん草のバターソテー」という罪深い料理を一瞬にして作り上げることができます。またバターソテーにはにんにくチューブを入れると更に罪深い味になりオススメです。
というか、にんにくチューブが優秀すぎる話もいつかしたいですね。
・最近料理について新たに手に入れた知識として、「回鍋肉の味付けには玉ねぎがメチャクチャ合う」というのもあります。回鍋肉の味付け、つまりみそ味ですが、玉ねぎの甘みと相性抜群だったので驚きました。キャベツとピーマンを入れるのが世間のデフォルトかと思いますが、是非玉ねぎもどうぞ。
玉ねぎは日持ちしますし、じゃがいもと一緒に日の当たらない場所に常備しておくとかなり便利です。やばいそろそろ食べんとってなったときは、ベーコンと炒めてジャーマンポテトができます。じゃがいもは腹持ちもいいので、全人類がじゃがいもを愛していると言われていますよね。(私調べ)

そう、、そんな愛すべきじゃがいもについてなんですが、ひとつ、、
私が一人暮らしを始めてこのかた、皮を剥く必要のない新じゃがが常にスーパーで手に入ったため、私のじゃがいもの皮を剥く経験値は地獄の底を這っているんですね。
そんな私に、「新じゃがが消えたじゃがいもコーナー」は恐ろしすぎる空間でした。「じゃがいもの虜」としてこの世に生を受けてはや20年が経とうとしていますが、初めて「目の前のじゃがいもを手に取らず立ち去る」という行動を取らざるを得なかったのです。
味噌汁に入ったじゃがいもの喉ごしを知ったときーーじゃがいもの芽は猛毒であると教えられたときーーじゃがいもの可食部が地下茎であると教えられたときーー
新しいじゃがいもの一面を知る度に覚えた「なんて面白い食材なんだ」という感動にも近いワクワクが走馬灯のように蘇り、同じ彩度で目の前に広がる
"じゃがいもの皮は剥かなくてはいけない"
という事実に頭がクラクラし、目がチカチカし、大量のじゃがいもの前でただ立ち尽くすしかできなかった私。
実家と新じゃがに甘やかされた私は、ついにじゃがいもから「逃げる」という行為に至ってしまったのです。愚の骨頂、ここに極まれり。
新じゃがはこれからの季節にはもうスーパーに現れないのでしょうか?それとも前たまたまなかっただけ?それだけ教えてくれ。